ジーン・ネルソンを知っていますか?

 古いミュージカル映画の話になると、たいがい「フレッド・アステア派」と「ジーン・ケリー派」に分かれたりします。まったくタイプの違うスターゆえ、それぞれに魅力があるので、自分はどちらかを選べと言われると即答できない。アステアは誰もが認める素晴らしいダンサーで、その上品でエレガントな動きは何度見ても飽きない。でも俳優としては、自分は彼に「男性」を感じたことがない。物語の中で相手役の女性が彼に男として惹かれるとは思えないのである。その点はジーン・ケリーの方がセックスアピールがあります。アステアに比べるとダンスはちょっと垢抜けない感じもするけど、男の無邪気さや、エゴや、弱さなども見えて俳優として成立していると思う。
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 それじゃ、この二人のいいところを足したようなスターがいたら、それが一番なのではないか?そんな奴はいるわけがない?それがいるんですよ。彼の名はジーン・ネルソン(Gene Nelson)といいます。1950年代初め頃にワーナー・ブラザーズの専属スターになり、主にドリス・デイやヴァージニア・メイヨーの相手役を務めて、1960年代にミュージカル映画が下火になってくると、B級サスペンスやエルヴィス・プレスリーの映画などの監督をするようになりました。
 まず、ジーン・ネルソンはスリムなボディーで立ち姿が綺麗なのである。そこはアステアに通じるものがあるのだが、顔がハンサムなので、アステアよりセックスアピールがある。踊り方も、身体の流れがスムースで、とてもしなやかに動く。と同時に彼はすごいアスリートでもあるので、踊りに切れがあり力強くもなるのである。そこはジーン・ケリーに通じるところなんですね。アクロバティックなことも楽々とこなし、見る者をアッと言わせる術を知っています。タップダンサーの自分にとっては、なんといっても彼のタップダンスが一番魅力的であります。彼独特のリズムのセンスがあり、それが綺麗な身体の流れと伴って見る者を魅了してゆきます。

 彼の主演したミュージカル映画は10数本あるのですが、その多くが日本未公開に終わっているので、日本でDVD化されている作品がほとんどないのが残念なのですが、幸いYOUTUBEでダンスナンバーを見ることができるので、検索して是非見て頂きたい。自分が一番好きなのは「Lullaby of Broadway」という作品の中の「Zing! Went The Strings of My Heart」のナンバーで、ページ・カヴァノフトリオのシンプルな演奏だけで、シンプル、かつ軽快に踊るタップダンスが彼のベストナンバーだと思っています。

「二人でお茶を(Tea For Two)」の中でドリス・デイと二人で踊る「I know That You Know」のタップのデュオも小粋でステキだし、「Oh My, Oh Myで階段の手すりに飛び乗ってタップを踏むシーンは彼のアクロバティックな一面が楽しめます。
 アステアのエレガントさとケリーのたくましさを兼ね備えたジーン・ネルソンは、自分にとってはまさに理想のスターであり、一番憧れたダンサーなのですが、ミュージカル映画の歴史の中でクローズアップされることがないのが残念である。理由は色々あると思いますが、そのひとつは彼に名作がないことでしょう。ジーン・ケリーには「雨に歌えば」があるし、アステアも名作はないかもしれませんが、代表作として「トップ・ハット」や「バンドワゴン」などがあるのに対して、ジーン・ネルソンには作品として時代を超えて見られている映画がない。唯一あるとしたら「オクラホマ」なのですが、それは彼本来の魅力が発揮されているとは自分は思えない。もし彼がワーナーではなく、優秀なスタッフ が集まるMGMの専属スターになっていたら、もっといい作品に巡りあえていたのではないか?といつも考えてしまいます。でも、たとえ映画がB級作品でも、彼の素晴らしいパフォーマンスは映像に残されているので、これからジワジワと評価されるのではないでしょうか。

 

ジーン・ネルソンのダンスナンバーが見られる映画リスト (ストレートプレイ、監督作品は割愛)

I Wonder Who’s Kissing Her Now (1947) 日本未公開
  20世紀フォックス社の作品で、ジューン・ヘイヴァーのデュオの相手役で登場。
The Daughter of Rosie O’Grady (1950) 日本未公開
  ジューン・ヘイヴァーを相手にヴォードビルスタイルのナンバーが見れます。
Tea For Two「二人でお茶を」 (1950)
  日本公開されたドリス・デイ主演作品。ジーン・ネルソンの魅力的なナンバーが多く見られます。以前VHSでソフト化され発売されました。あと廉価版の500円DVDでもみつけることができます。
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The West Point Story (1950) 日本未公開
  ステッキとカンカン帽を使ったナンバーが極上です。
Lullaby of Broadway (1951) 日本未公開
  ドリス・デイ主演で、この中にジーンの最高傑作「Zing!Went The Strings of My Heart」タップナンバーが挿入されています。
Painting The Clouds with Sunshine (1951) 日本未公開
  ヴァージニア・メイヨー主演作で、マンボを踊るシーンがあります。
Starlift(1951) 日本未公開
  ワーナーのスター顔見世興行的な作品で「What Is This Thing Called Love」をJanice Ruleとのデュオを見せる。
She’s Working Her Way Through Collage (1951) 日本未公開
 ヴァージニア・メイヨー主演作で、ジムでアスレチックなダンスナンバーを披露。俳優時代のロナルド・レーガンも登場。
She’s Back on Broadway (1953) 日本未公開
  ヴァージニア・メイヨー主演作。
Three Sailores and a Girl (1953) 日本未公開
  「踊る大紐育」風の作品で、自動車整備上のクレーンの上でタップを踏む場面が見もの。
So This Is Paris (1955) 日本未公開
  これも水兵もので、今ひとつ物足りない作品。ミュージカル映画の衰退を物語っている作品。
Oklahoma! 「オクラホマ」(1955)
  ロジャース&ハマースタインのブロードウェイの名作の映画化で、ウィル・パーカー役で登場。投げ縄をしながらのダンスを披露する。彼のタップダンスが見れないのが残念。