どこかで「幕前芸人」という言葉を耳にしたことがある。豪華なセットに大勢のダンサーを使った場面が終わり、舞台転換をする間、幕の前で演じるパフォーマーのことである。これだけだとただの「場繋ぎ」の為のどうでもいい場面のように思えるが、実はこの幕前こそ実力が問われる重要なポジションであったりする。古くはヴォードビルの舞台や、レビューの世界ではこの幕前が芸人の腕の見せ所になっていたのである。
舞台転換のため、中割り幕は舞台の前方にあるので演じるスペースもあまりないことが多い。この質素な状態で次の舞台の準備ができるまでの間、お客のテンションを落とさずに次に繋いでいくには、パフォーマーの魅力がなくては勤まらない、ある意味一番過酷な出番なのかもしれない。
アメリカのヴォードビルは1880年代から1930年代ぐらいまで栄えた寄席劇場で、歌や踊り、小芝居に曲芸など、いろんな出し物が見られるヴァラエティーショーであった。あいにくその時代はまだ映像技術が発達していなかったので資料が少ないが、そのヴォードビルが衰退する原因になったトーキーが主流になるとミュージカル映画が作られるようになり、ヴォードビルの時代を題材にした映画が沢山作られ、そのヴォードビルの幕前芸人の雰囲気がわかる映像がけっこうある。
日本でこの幕前の演出を巧みに活かした舞台芸術を宝塚のレビューのスタイルにも見受ける事ができる。宝塚こそ、その大きなステージで豪華絢爛なセットの場面があるので、どうしても幕前が必要になる。傑作レビューを多数手がけた演出家、故小原弘稔のレビュー作品では、かならずカーテン前で若手スター候補たちや、スターに場を勤めさせるチャンスを与えていた。カーテン前を充実させることができたら一人前になった証拠でもあったのである。
芸の実力を見せるだけなら舞台前面を使った素舞台でも同じことであるのだが、幕が閉まっていた方がなぜか魅力的であったりする。ひとつはエリアが狭いほうが、そのパフォーマーの芸に集中できるからであろう。それと、次の大きな見せ場が控えているという期待感もあるからかもしれない。
「Folies-Bergère」1935年
フランス出身で、アメリカでも人気のあった歌手、モーリス・シュバリエの歌。映画タイトルの後、登場するシーンで、彼の個性あるキャラクターが際立っている。
「Tin Pan Alley」1940年
ハリウッドで人気のあったベティー・グレイブルとアリス・フェイの歌と踊り。幕前で踊る小粋なタップダンスが軽くていい。スター性がなければ勤まらない場面である。
「Mother Wore Tights」1947年
ダン・デイリーとベティー・グレイブルのダンスナンバー。ソングアンドダンスマンは幕前芸人の見せ場であった。
「Ed Sullivan Show」 1950年代
テレビのバラエティーショーでもヴォードビルの流れが取り入れられていて、セットなどない幕前で芸を披露するエンターティナーが多かった。この タップダンサーはWalter Long。
「宝塚レビュー90」
前景の大きなナンバーが終わり、舞台転換の為に紫苑ゆうがカーテン前に登場。銀橋を渡りながら、彼女のオーラで観客を次の場面に繋いでいく。