1940年代のビックバンドジャズの時代から1960年代にかけて、アメリカの国民的シンガーとして愛された歌手にドリス・デイがいます。レス・ブラウン楽団の専属歌手だったときのヒット曲「センチメンタル・ジャニー」をはじめ、ヒッチコックの名作「知りすぎた男」の中の挿入歌「ケセラセラ」などが代表曲で、「二人でお茶を」「カラミティー・ジェーン」「パジャマ・ゲーム」などのミュージカル映画、1960年代のロック・ハドソンなどと共演したコメディー作品があり、コロンビアレコードからたくさんのアルバムをリリースしました。その誰からも愛される人柄と、底抜けに明るい歌声で今でもファンが多くいますが、彼女が「ダンサー」として評価されることはほとんどありません。39本ある主演映画の中で18本がミュージカル作品であるが、ダンサーとしての技量を発揮されている作品が少ないのも要因の一つである。ドリス・デイのダンスを見ると、「歌が得意なスターが頑張って踊りもこなしました」的なぎこちなさがまったく感じられない。とてもリラックスしているのである。これはある意味一番難しいことでして、それ故に簡単なことをサラッとやっているように思われるかもしれない。
「二人でお茶を」の中で、ドリスがジーン・ネルソンと踊る「I know that You know」というタップダンスナンバーがある。ジーン・ネルソンはワーナーブラザーズの専属スターで、タップからアクロバットまでなんでもこなす名ダンサーですが、この場面でも彼独特の流れるようなムーブメントとステップで踊っているが、ドリスはジーンに見劣りすることなくパートナーを務めている。タップダンスを知っている人なら、それが不慣れな人にもできるようにした優しい振付ではないことは一目瞭然。
I konw that You know 「Tea For Two」1950年
同じくジーン・ネルソンと共演した「ララバイ・オブ・ブロードウェイ」(日本未公開)でも軽快なステップを踏んでいます。扉の開閉を振付に取り込んだナンバーなど、ダンサー的なタイミングの感覚が必要とされる部分も見事にこなしている。
Somebody Loves Me 「Lullaby of Broadway」1951年
Lullaby of Broadway「Lullaby of Broadway」1951年
同時代のアメリカの人気歌手、ダイナ・ショアもハリウッド映画に登場しますが、ドリス・デイほど映画スターとして成功しませんでした。ドリスが映画でも成功したのは、歌う場面でも、さりげないジェスチャーやポーズが様になっていて、人を惹きつける魅力があったことが大きい要因だと思う。それは言いかえれば、基本的にダンサー的な表現力が備わっていたのかもしれない。
以前、何かの書物で、元々はダンサー志望だったが、足を怪我してダンスの道は断念したというのを読んだ記憶がありあます。映画会社や監督の判断か、はたまた本人が希望しなかったかは不明ではあるが、ドリスのダンス技量をもっと発揮させる作品が少なかったことが悔やまれますが、ここに彼女の功績をたたえておきたい。
1968年に最後の主演作品を撮り終えたあと、テレビ番組のシリーズを数年受け持った後は、芸能界から遠ざかり、動物愛護の運動に没頭して、以後マスコミにはほとんど現れなかった。2017年に95歳になり今でも健在なドリス・デイでした。